人生とは洗濯の連続である

今週のお題「最近洗ったもの」

 

夏なので洗濯物がよく乾く

暑い夏は嫌だが 洗濯という点では確かに長所だろう

本当によく乾く

 

熱中症には気をつけなければならないし

水分は十分に摂らなければならないわけだが

 

ところで36.6°近辺の中を歩いているということは

いわば人間の体温の中を歩いているようなものだと考えると

少しエロスのようなものを感じないだろうか

 

人間の中を歩いているわけだ

人間の中を...

 

ニンゲン...

ネット論客を目指すべきなのか

私もネットの中で影響力を持ってみたい

インフルエンサーになりたいと思い

ネット論客になるにはどうすればいいのかを

考えていた矢先 以下のような記事を見つけた

toyokeizai.net

 

著者は受験関係の著作で有名な和田秀樹氏だが

これからの50代は勉強つまりインプットするばかりではなく

ネットでの発信をすべきではないかということが大体書かれてあったかと思う

 

確かに飲みの席で若者に向けて蘊蓄を語る老害おじさんをやってるぐらいならば

SNSで勉強したことを語っている方が

単純に興味を持ってくれる人が読みに来てくれるんだろうなとは思う

 

とはいえ現状のSNSの「ネット論客」なる人たちの議論を見るにつけ

そのなんというか残念さというか くだらなさも否定できない部分がある

 

ちなみに令和版ネット論客リストが上がっていたが

まあこの顔ぶれか、という感じだった

togetter.com

 

最初の記事で言わんとしていたこととしては

勉強することの延長でネット言論を捉えるわけだけれども

みんな本当に勉強しているのだろうか しかし

ただの感情論で意見を交わしているだけではないだろうか

 

 

私はネット論客を目指すにせよ

ちゃんと勉強した上で臨んでいきたいものだとは思う

 

まあ「論客」ぶらずにダラダラ言いたいことを言うというので

十分だなとも思うが

飽くなき承認欲求はどの地点に達すれば満足するのか

というのも試してみたくないでもない

眼差しと対象と点

何かを見るとき 何かが見えるとき

見る主体を我々は点と見なすことが多い

 

あるいは見られるもの 対象について

そこにフォーカスをするときに焦「点」を当てるという

 

なぜ我々は 見るものも 見られるものも

「点」として表すのだろう

「面」ではダメだったのだろうか

 

見る 見られる という行為の中に

高度な抽象化作用が働いているのではないか

 

点という概念を得るきっかけは

見る 見られるという行為の中にあるのだろうか

 

そのようにふと思った

水曜日の朝

夏休み@8月中

8月に入るにあたり

スフィンクス活動はしばらく控えようと思います。

 

 

ですが、7月に引き続き

形而上学を勉強し続けようと思いますので

ブログでは成果が出たら何か書くかもしれません。

 

Hot Summer! Kanpai!🍻

徳哲学関連ジャンルについて一言

 

 

なぜ「徳Virtue」が流行るのか

なぜ我々は徳を欲するのか

その謎を探るべく

Amazonの奥地へと向かっていった

 

 

 

これが欲しい

 

スフィンクスさんが7月にやる研究に向けて

2022年

スフィンクスさんがこの夏

取り組む研究について さあ どうだ! それホイ!

 

 

 

ところで、VTuberめっちゃ好きな人から

オススメVTuberを勧められました。

流しながら読書しつつそのまま寝てしまったわけですが

作業も捗るし快眠でしたね

 

僕もいつかはVTuberデビューを目指すぞ!

そのうちバ美肉したいかもしれない