この物語はフィクションであり、実在の人物・団体・事件とは一切関係ありません

「私があの時助けていただいたカメです」

 

彼女はそう呟いた。

僕は覚えがなかった。いや、覚えがなかったというと語弊はある。

覚えてはいたんだが、そういう記憶ではなかった。

 

ある雨の土曜日、あいかわらず読書をしようと図書館に行った。

僕が読みたかったのはウンベルト・エーコの『世界文明講義』だ。

 

 この本はいい。ちょうど僕の衒学趣味的欲求を満たしてくれる。

本棚を見た。ない、ない、ない!

なぜだ。検索機で検索をしても確かに図書館にはあると表示が出る。

もう一度棚の周辺を見てみると、なんと床に落ちていた。

僕がその本を拾うと、本の下からのそのそとカメが出てくるではないか。

「なんでやねん」

その状況で咄嗟に心の中で呟いた言葉だ。

 

 

それがどうだ。いま目の前に、その時本の下敷きになっていた亀が少女になって出てきているではないか。

「なんでやねん」という言葉はこの時のために取っておくべきだったか。

いや、想像以上のことが起きているのでツッコむ気すらしない。

 

「私はあなたに恩返しがしたいのです」

 

見た目はかわいらしい少女、だがその見た目の割に声は低く、目つきは気だるそうな、いわゆる「ジト目」と呼ばれる類のものだった。

 

恩返しと言われてもなあ。。。

僕はいま、特に困っていることはない。

困っていることといえば、とりあえずその少女に引き止められているがために、家に帰って読書ができないということだろう。

夕方から英会話がある、読書会もある。そんな状況下で、引き止められたところで、どうしようもないわけだ。

その時「グーッ」という音。少女はお腹を押さえた。うむ、腹が減っているようだ。

「とりあえず、コンビニに行きますか?」

僕は言う。彼女はきまりが悪そうに、「いや、いいです」と断る。

「まあそう言わずに」

僕はとりあえず場所を変えたいというのと、とにかく早く帰りたいというのと、そう言う気持ちで家の近くのコンビニに向かうことにした。

コンビニではパンを何個か買った。僕はそれを彼女に与えようとする。

彼女は最初は遠慮して首を横に振って拒絶していたが、その間にもお腹が鳴っている。

彼女はどちらにせよ。きまりが悪いものだから、結局は諦めてパンを食べることにしたのだった。

食べた後の彼女の顔は忘れない。とても幸せそうだった。しばらく何も食べてなかったんだろう。

「おいしかった?」

彼女は何も言わず、ただただ満面の笑みで頷くばかりだった。

「で、恩返しですが...」

「今度でいいよ」

そう言って僕は彼女と別れて自宅に帰った。

 

そういえば、別の図書館ではウンベルト・エーコの『物語における読者』という本も借りておりました。

 

テクスト解釈について方法論を考えたくなり(他人の受け売りではありますが)、借りてみたものです。 

パースの記号論の話もあります。これは是非とも読むべきですね。読んだらまた感想をお伝えします。